口腔外科における基礎研究‐臨床に寄与できるか

医学(歯学を含む),医療を志す動機は,病気の原因を解明したい,病気を治したいということであろう.医学,医療への貢献は,臨床にあっても基礎にあってもそれぞれの根管をなす使命であり,その実現のためにそれぞれ日常的に努力を続けているところである.私は昭和41年に大学卒業後口腔外科を専攻し,東京医科歯科大学歯学部第二口腔外科に入局した.入局当初はトレーニングの期間でもあり,医療に貢献しているという実感は当然持てず,昭和大学に移る前からやっと少しは医療に貢献できているのではないかと思うようになった.しかし,このままではある程度の数の患者さんの病気は治せても,病気の原因を解明したり,画期的な治療法を開発す...

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Published in昭和歯学会雑誌 Vol. 26; no. 1; pp. 93 - 94
Main Author 南雲正男
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 昭和大学・昭和歯学会 31.03.2006
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ISSN0285-922X

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Summary:医学(歯学を含む),医療を志す動機は,病気の原因を解明したい,病気を治したいということであろう.医学,医療への貢献は,臨床にあっても基礎にあってもそれぞれの根管をなす使命であり,その実現のためにそれぞれ日常的に努力を続けているところである.私は昭和41年に大学卒業後口腔外科を専攻し,東京医科歯科大学歯学部第二口腔外科に入局した.入局当初はトレーニングの期間でもあり,医療に貢献しているという実感は当然持てず,昭和大学に移る前からやっと少しは医療に貢献できているのではないかと思うようになった.しかし,このままではある程度の数の患者さんの病気は治せても,病気の原因を解明したり,画期的な治療法を開発することによってより多くの患者さんの利益になるようなことはできないのではないかと感じていた.たまたま,昭和52年に昭和大学に赴任したこと,昭和大学への赴任当初は患者さんが少なく時間に余裕があったことから,基礎研究にも力を入れるようになった.以来今日まで臨床の合間を縫って地下2階という悪環境,かつ狭い研究室で細々と研究を続けてきた.それでも忙しい臨床の合間を見て実験をするには,研究室が臨床の場と近接していることが必須で,研究室を病院の地下に設置した初代の中村平蔵病院長,山縣健佑昭和大学名誉教授,榎本昭二東京医科歯科大学名誉教授に敬意を表するとともに深く感謝したい.これまでの基礎研究で当初の目的であった疾患の原因の解明あるいは画期的な治療法の開発ができたかということになると,残念ながら現状では否といわざるを得ない.しかし,既にある程度の手応えはあり,実際の臨床応用はこれまで一緒に研究してきてくれた教室員の今後の努力に期待したい.ただし,今までの研究の過程で,いくつか画期的と自賛できる成果が得られている.すなわち,ヒト軟骨組織でのタイプXコラーゲンの存在を証明したこと,抗炎症薬であるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)阻害剤が白血病細胞の増殖・分化を抑制すること,COX-2が口腔癌細胞の増殖・転移を抑制することなどである.これまで,好中球の分化とアポトーシス,骨・軟骨細胞の分化と石灰化,口腔疾患と活性酸素,前癌病変からの癌化の分子生物学的手法による予測,人工生体材料の開発などの基礎研究を行ってきたが,この数年は口腔癌の増殖・転移の抑制に関する研究に特に力を注いできた.その理由は,手術ができない患者さんの予後がきわめて悪く,それをなんとかできないかと考えたからである.今回私の退職に際し,その研究の一端を紹介するとともに臨床における基礎研究の意義を述べたい. 1.L5-フルオロウラシル(5-FU)とシスプラチン(CDDP)の併用効果の機序 口腔癌に対する化学療法薬として5-FUとCDDPが広く用いられており,両者を併用すると増強効果がみられることは知られていた.しかし,その機序に関してはあまり明確にされていなかった.我々は,その機序として併用によって生体防御機能が賦活される可能性と5-FUによる癌細胞のアポトーシス誘導がCDDPの併用によって増強される可能性を考え検討を行った.その結果,5-FUとCDDPを併用すると,接着分子であるICAM-1の癌細胞での発現が増強され,それによって癌細胞がTリンパ球の攻撃を受けやすくなること,CDDPも口腔癌細胞にアポトースを誘導し,5-FUとCDDPを併用するとアポトーシスが相乗的に増強されることを示した.そして,それが癌細胞でのFasの発現増強およびアポトーシス抑制因子であるcFLIPの抑制によることを明らかにした.増強効果は,まず5-FUを作用させたのちにCDDPを作用させた場合に強かったことから,実際の臨床でもその順序で両者を使用している. 2.口腔癌に対する分子標的療法の開発のための基礎的研究 1)COX-2阻害,Akt阻害薬,抗EGF抗体,およびEGFR阻害薬による口腔癌の増殖・浸潤の抑制 大腸癌をはじめとして多くの癌で高発現しているCOX-2,細胞の生存シグナルであるAkt,口腔癌で高発現が報告されているEGF,EGFRを分子標的とし,それぞれを阻害することによって癌の増殖・浸潤を抑制できるかについて検討した.その結果,COX-2阻害剤およびアンチセンスCOX-2によって口腔癌細胞の増殖が抑制され,増殖は細胞周期調節因子であるp21の発現誘導を介して,浸潤はMMP-2,MMP-9,CD44の発現低下を介して抑制されることが明らかになった.また,Akt阻害剤であるwortmannin,LY294002で口腔癌の増殖が抑制され,さらに抗EGF抗体,EGFRの阻害剤であるAG1478によってもAktの発現低下を介して増殖が抑制された.しかし,いずれの分子標的薬も口腔癌細胞の増殖を完全に抑制したり,死滅させることはできなかった. 2)分子標的薬と抗癌薬の併用効果 そこで,より効果的に口腔癌細胞の増殖を抑制するため分子標的薬と抗癌薬の併用による効果を検討した.その結果,抗EGF抗体,AG1478と5-FUおよびCDDPを併用すると細胞増殖が相乗的に抑制された.さらに,アポトーシスが著明に増強され,特に5-FU,CDDP,およびAG1478の三者を併用するとほとんどの癌細胞がアポトーシスを起こして死滅した.したがって,抗癌薬と分子標的薬の併用は今後有望な口腔癌治療の戦略になると考えられる. 3.臨床での基礎研究は臨床に寄与できるか 我々が行ってきた基礎研究は,新しい治療法の開発を目指して行っできたわけであるが,それらの臨床応用にはまだまだ超えなければならない高いハードルがある.しかし,研究の過程でいくつかの新しい知見が得られ,それらは疾患の発症や進展の機序を解明することに寄与できているものと考える.特に,私が臨床における基礎研究のメリットとして強調したいのは,研究を通して疾患の診断・治療を論理的に考える力,理解する力がつき,それによってより医療に貢献できるようになるということである.若い臨床の先生方が,積極的に研究を行って,医療人としての資質を高めていくことを期待している.
ISSN:0285-922X