明日は明日はと言いながら歩んだ小児歯科‐変遷と将来展望

私は歯学部卒業以来38年間にわたり小児歯科学を研鑽してきました.小児歯科学は歯科医学の中では比較的新しい学問で大学に講座が設立されたのは昭和32年で,この設立理由は第二次大戦後の昭和25,6年米国歯科医師会が日本視察の折り,米国歯科医師が日本人小児の虫歯の多さに驚き,時の政府に小児歯科の設立を要請したことが発端であると聞いております.私の卒業した昭和43年も子どもの虫歯が蔓延し口腔内も惨憺たる有様でした.その後続々と大学歯学部に小児歯科講座ができ,それとともに序々に診療,研究,教育が発展していきました.特に診療面では新しい歯科材料の開発や局所麻酔時の無痛治療,また診療室における小児の対応法など...

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Published in昭和歯学会雑誌 Vol. 26; no. 1; pp. 92 - 93
Main Author 佐々龍二
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 昭和大学・昭和歯学会 31.03.2006
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Summary:私は歯学部卒業以来38年間にわたり小児歯科学を研鑽してきました.小児歯科学は歯科医学の中では比較的新しい学問で大学に講座が設立されたのは昭和32年で,この設立理由は第二次大戦後の昭和25,6年米国歯科医師会が日本視察の折り,米国歯科医師が日本人小児の虫歯の多さに驚き,時の政府に小児歯科の設立を要請したことが発端であると聞いております.私の卒業した昭和43年も子どもの虫歯が蔓延し口腔内も惨憺たる有様でした.その後続々と大学歯学部に小児歯科講座ができ,それとともに序々に診療,研究,教育が発展していきました.特に診療面では新しい歯科材料の開発や局所麻酔時の無痛治療,また診療室における小児の対応法などが改良され昔に比較して小児患者に与える精神的不安や恐怖感が軽減されるとともに診療面での能率が著しく向上してきました.一方,研究面では小児歯科学雑誌が昭和38年12月に1巻1号が発刊,当時は充填剤の予後や症例報告や来院患者の実態調査に関するものが多く,会員も150名足らずで本格的な研究報告は少ないようでした. その後,小児の歯列弓や顎顔面頭蓋の成長発育に関する形態学的研究が主流を占めましたが,現在はさらに摂食嚥下等に関する機能的研究が盛んに行われるようになりました.私の専門も形態学ですが,健康な口腔を育成させるためには機能学も大切で形態と機能は表裏一体,そこで初めて小児歯科の目的が果たせられるのではないかと思っています.診療や研究が変遷していく中で当然小児歯科学の教授要綱も改変され,最近の教科書には機能や新材料の項目が追加されたり,また小児の歯科的対応法に関するものも変わってきたようです.小児歯科学の目的は小児の口腔疾患の早期発見と早期治療を行うことによって,健全な口腔を保つと同時に健康な人間を育成することです.小児という常に変化し続けている生体はその児の将来を予測しながら現状に対処していかなければなりません.また,小児は精神的にも身体的にも成人に比べて未成熟です.診療室に来院してくる子どもたちに来院理由を聞いても答えは返ってこないのが当たり前です.保護者からの訴えを聞かなければなりません.したがって,小児歯科医療は患児と保護者と我々歯科医の三者のチームワークが大事になってきます.その意味では医科の小児科と類似しており,治療を終えたところから本当の治療が始まると言われています.そこからその小児の成長を見守り,育児に対するアドバイスをしたり,また精神的な苦痛を和らげてあげるのが今後の小児歯科医の責務ではないでしょうか.そのためには小児歯科学のみでは解決できないこともあり,小児科的な全身状態の把握や,小児の心理学的な知識も必要になってきます.現在,私の在籍している昭和大学は医学部,歯学部,薬学部,保健医療学部の4学部を擁す医系総合大学です.その中で昭和55年に発足した昭和大学口蓋裂診療班は口唇口蓋裂児の総合管理を目的に医学部形成外科,小児科等,歯学部矯正科,小児歯科等関連各科が集まりそれぞれの科の専門知識を出し合い口唇口蓋裂児が成人になるまで口腔の管理を行っています.私どもの小児歯科でも口唇や口蓋裂の手術が終わった1歳6か月から永久歯列完成まで主に虫歯の治療と予防を行っています.また医学部小児科とは低出生体重児の口腔管理を行うとともに,歯列や顔面の成長,加えて咬合力や咀噛能力を調べ,多くの論文を輩出しており,今後は低出生体重児の成長発育が何時ごろ健常児とキャッチアップするのかを現在検討しております.小児歯科はこのようにできるだけ長期間の観察が大切なことです.私が今まで歩んできた小児歯科は常に暗中模索の状態でしたが,学問は最後の結論まで到達することはあり得ないとも思っております.医療に携わる人間は病気を治すのではなく病人を治すと言われておりますが,医療の対象が人間であるということを忘れてはならないと思います.現代は少子高齢化社会で年々子どもの数が少なくなっていく中でこそ,これからの日本の将来を背負ってたつ子どもが大事になっていくのではないでしょうか.私も28年前,昭和大学に赴任後これからの小児歯科の構築を考え続けてきましたが,結論を出すまでには至りませんでしたが,学問は一生続けるべきで私の後輩の皆さん方に今以上の小児歯科学の展開と進展に遭進していただければと思っています.
ISSN:0285-922X