(12)Preventable Trauma Death(防ぎ得る外傷死亡)の撲滅を目指して

昭和52年から我が国の救急診療は, 初期, 二次, 三次救急医療体制の下に行われており, 重度外傷患者の多くは, 全国170の救命救急センターで治療を受けているが, その機能や診療の質の評価はこれまで行われていなかった. 日本救急医学会診療の質評価指標に関する委員会では, 指導医指定施設や救命救急センターを対象として, 頭部外傷や腹部外傷などに関する診療機能評価を行った. 65歳未満で比較的意識状態の良好な頭部外傷の死亡率を検討すると, 3ヵ月間に12例以下の症例数, すなわち1週間に一人以下の患者数の施設における死亡率は, 13例以上の施設と比べて有意に高かった. また, ショックを伴った単...

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Published inJournal of Nippon Medical School Vol. 71; no. 6; pp. 452 - 453
Main Author 益子邦洋
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本医科大学医学会 15.11.2004
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ISSN1345-4676

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Summary:昭和52年から我が国の救急診療は, 初期, 二次, 三次救急医療体制の下に行われており, 重度外傷患者の多くは, 全国170の救命救急センターで治療を受けているが, その機能や診療の質の評価はこれまで行われていなかった. 日本救急医学会診療の質評価指標に関する委員会では, 指導医指定施設や救命救急センターを対象として, 頭部外傷や腹部外傷などに関する診療機能評価を行った. 65歳未満で比較的意識状態の良好な頭部外傷の死亡率を検討すると, 3ヵ月間に12例以下の症例数, すなわち1週間に一人以下の患者数の施設における死亡率は, 13例以上の施設と比べて有意に高かった. また, ショックを伴った単独腹部外傷における来院から開腹手術までの時間は, 平均3時間24分であり, 4分の1の施設では4時間以上経過してから手術が施行されていた. 救命救急センターの外傷診療機能に特化したさらなる調査研究が必要であると考え, 厚生科学研究費で研究を行った. 予測生存率が50%以上であった予測外死亡症例のうち, 実際には救命する事が極めて困難な, グラスゴーコーマスケール(GCS)5以下の重症頭部外傷と, 年齢80歳以上の高齢者を除いた症例を修正予測外死亡症例として, 外傷死亡例中に占める修正予測外死亡例の割合を施設別に検討したところ, 20%未満, すなわち外傷診療水準の高い施設が10施設ある一方, 65%以上, 即ち外傷診療水準の低い施設も10施設存在し, 外傷診療機能に関して大きな施設間格差のあることが明らかになった. ISSが15以上の重症外傷例の年間診療人数層別に, 外傷死亡例中に占める修正予測外死亡の比率を検討すると, 重度外傷例を数多く診療している施設ほど治療成績が良いことが判明した. 防ぎうる外傷死亡(Preventable Trauma Death;PTD)を回避するためには外傷システムの整備が必要である. 外傷システムとは適切に選別された外傷患者を, 適切な時間内に, 適切な外傷診療施設へ搬送することであり, プレホスピタルケア, 搬送, 病院における診療が3本柱である. 2000年以前の我が国の外傷システムを検証すると, 救急隊のための標準的な病院前外傷プログラムがなくメディカルコントロール(MC)体制が未整備, 救急車で搬送される傷病者の約3割は搬送時間が30分以上であるにも関わらず, ヘリコプターが救急用に十分活用されていない, 医師に対する標準的外傷教育がない, 医療機関の外傷診療機能が評価されてない, 外傷診療の質の向上プログラムがない, などの課題があった. 2001年の日本外傷学会では, 防ぎ得た外傷死の数すら不明であると報告されたが, 2002年の同学会では, 救命救急センターにおける外傷死亡の約4割はPTDの可能性があるという報告がなされた. この数値は米国における1970年代前半のレベルに匹敵するものであり, 外傷診療水準に関して地域間格差や病院間格差のある事が初めて明らかにされた. 2000年以降, 外傷システム構築へ向けた関係者の様々な努力により, プレホスピタルケア, 搬送, 医療機関の課題の多くは解消されつつある. すなわち, JPTEC協議会が設立され, Over-triageを容認した病院選定基準が示され, ドクターヘリ事業が開始され, 医師に対する標準的外傷教育として外傷初期診療ガイドライン(JATEC)が開発され, Trauma Registryの運用が始まった. 我が国でも, 防ぎ得る外傷死亡を撲滅するために外傷システムの構築が急ピッチで進められている. 今後は, 救急救命士の処置拡大, 全国を網羅するヘリ救急システム, 外傷センターの整備など, 残された外傷システムの課題を克服する取組みが必要である. 24時間, 365日体制であらゆる重症患者を受け入れ, 診療を行ってきた救命救急センターのシステムは他の国には無いものであり, 我が国の誇るべき救急医療体制である. しかしながら外傷診療の高度化を目指すためには, 急性期の救命治療から慢性期の治療まで一貫したプログラムで早期の社会復帰を目指す外傷センターの整備こそが今後の最重要課題である.
ISSN:1345-4676