ウエストナイル熱媒介蚊対策の現状
マラリア, デング熱, 日本脳炎は, 蚊が媒介する重要な感染症である. 我が国では, 日本脳炎以外は国内感染例が認められず, 蚊が媒介する感染症から開放されたとの認識が一般に広がっていた. このような中で, 1999年にニューヨークで突然ウエストナイル熱の患者が発生した. ウエストナイルウイルス(WNV)は, 野鳥と蚊によって感染環が回っている. ウイルス抗原の解析から, セントルイス脳炎(SLEV), 日本脳炎(JEV), Murray Valley脳炎, Kunjinと同じグループのウイルスである. 重症例においては, 髄膜脳炎や脳炎に発展するが, これは患者数の1%未満に認められる程度で...
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Published in | Medical Entomology and Zoology Vol. 55; no. 2; p. 137 |
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Main Author | |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
日本衛生動物学会
15.06.2004
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ISSN | 0424-7086 |
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Summary: | マラリア, デング熱, 日本脳炎は, 蚊が媒介する重要な感染症である. 我が国では, 日本脳炎以外は国内感染例が認められず, 蚊が媒介する感染症から開放されたとの認識が一般に広がっていた. このような中で, 1999年にニューヨークで突然ウエストナイル熱の患者が発生した. ウエストナイルウイルス(WNV)は, 野鳥と蚊によって感染環が回っている. ウイルス抗原の解析から, セントルイス脳炎(SLEV), 日本脳炎(JEV), Murray Valley脳炎, Kunjinと同じグループのウイルスである. 重症例においては, 髄膜脳炎や脳炎に発展するが, これは患者数の1%未満に認められる程度である. 感染者の約1/3は風邪様の軽度の症状を示すが, それ以外はほとんど症状も示さない. 1937年にウガンダのウエストナイル地方に住む女性の血液から初めてウイルスが分離された. 1999年にニューヨーク州, コネチカット州, ニュージャージー州の患者, 野鳥, 蚊から分離されたWNVはサハラ砂漠以南で分離されたアフリカの株と相同性が高く(99.8%以上), 1998年にイスラエルのガチョウから分離されたWNVの塩基配列とほぼ同じ配列を示した. この事は, ニューヨークで流行したウエストナイル熱の起源は, 地中海である可能性が非常に高いことを示している. ニューヨークでは, ウエストナイル熱が流行したことが明らかになった1999年9月中旬から, アカイエカ対策のために航空散布を含む, 大規模な有機リン系殺虫剤(マラチオン)による成虫防除を開始した. ニューヨーク市での例年の蚊やダニ等の防除対策費は1,200万円ほどであるが, 1999年の9, 10月のウエストナイル熱対策に使われた予算は6億円以上となった. その後2000年から2001年にかけてWNVの活動は急速な拡大を示し, 2000年では, 12州で死亡した野鳥4,139羽からWNVが分離され, 580の蚊のプール(1プール約50匹)からWNVが分離され, 患者は31名発生した. 2001年にはより広範にウイルスの活動が広がり, フロリダ州やジョージア州においても野鳥や蚊からWNVが分離された. 2001年において野鳥の死亡報告数は6万9千以上に達し, WNV検査を行った3万3千羽の内約22%からウイルスが検出された. 791の蚊のプールおよび556頭の馬からWNVが検出され, 患者は66名に達し, その内9名が死亡した. 2001年の段階での患者数は100名を超えていないが, 2002年の大規模な流行を予測する見解は一切発表されていない. しかし, 2001年には, ウイルスの活動範囲が南部の諸州および東部の内陸側に広がっており, 2002年の大流行の予兆は認められていた. 2002年には最終的に4,100名を越す患者が発生し, その内, 284名が死亡し, 9万羽以上の野鳥が死亡しているとの情報が一般市民から関連部署に寄せられ, 1万3千頭以上のウマがWNVに感染し, 安楽死を含めて3,600頭以上が死亡した. これらの結果は, 今までに米国で起こったセントルイス脳炎, 東部ウマ脳炎, 西部ウマ脳炎等の蚊媒介性ウイルス感染症流行の中で, 患者数と死亡者数とも最悪の記録である. 2003年の8月30日現在での患者発生数は1,602名で, 死亡者は28名に達している. この患者数の発生動向は, 昨年と比べて著しく多く, 最終的には昨年の患者発生数を遙かに超えるのではないかと思われる. 特に, ロッキー山脈の東側に位置するコロラド州, ネブラスカ州, サウスダコタ州での患者発生数が多く, コロラド州での媒介蚊調査では, アカイエカではなく, Culex tarsalisが主要な媒介蚊として問題になっている. この蚊は排水溝, 用水路の溜まり水, 沼地, 湿地, 雨水マスなどに発生する. 夕方から日没後にしつこく吸血し, 簡単に家屋内に侵入する. 家畜, 野鳥, 人等を吸血源にしており, また, WNVに対して高感受性を示すことから, 媒介者としては非常に重要である. コロラド州で捕集された蚊(多くがCx. tarsalis)におけるWNV検出では, 1,994プールの調査で, 425プール(21.9%)からウイルスが検出されており(8月25日現在), この検出率の高さは驚異的である. 米国では, 死亡したカラス等の野鳥から高率にウイルスが分離されている. 2002年における全米での流行状況を考えると, 重症な脳炎患者の発生率(1%以下)から推定約30万人がWNVに感染した可能性が考えられ, 野鳥の死亡数, ウマ感染数等を考えると50万匹以上の蚊がWNVを唾液腺にもって野外を飛び回っていたと推定される. WNVに感染する野鳥の種類は多く, 米国では150種以上の野鳥からウイルスが分離されている. 特に, アオカケス, カラス, スズメでは, ウイルスが高濃度で血中に存在し, 米国での調査では, 1mlの血液中に10 8-9のWNVが存在した状態が数日間継続すると言われている. 蚊の吸血量は1-2μlで, これから単純計算すると, 1匹の蚊が10万以上のWNVを取り込むことになる. 蚊の体内では, WNVが増殖し, これらが蚊の唾液腺に移行して感染蚊となるため, 蚊と鳥の組み合わせによっては, 多数のWNVを唾液腺にもった蚊が出現することになる. 我が国では, 2001年11月にウエストナイル熱を第4類感染症に指定し, また, 「ウエストナイル熱媒介蚊対策に関するガイドライン」が厚生労働科学研究費(新興, 再興感染症研究事業)によって作成された. 各地方自治体において, 媒介蚊対策に関して知識のある関係者が激減し, 現段階で, ウエストナイル熱のような感染症が我が国に侵入した場合, 予防対策を行うことが非常に困難になっている. 上記のガイドラインは, 今まで媒介蚊対策に従事した経験のない関係者が, 蚊の分類, 生態, 調査法, 防除法などに関して理解しやすいように工夫して作成された. 今後, 我が国へのWNVの移入を想定して, 重要なポイントを以下にまとめる. 1)平常時からの蚊の発生源調査, 幼虫の駆除対策が重要である. 2)蚊に刺されないように個人的な対策を周知徹底する. 3)我が国でWNVが確認された場合における住民への媒介蚊情報の発信, 相談窓口の開設(ホットライン), 蚊防除法の啓発. 4)成虫防除を行う場合における殺虫剤および散布に関する詳細な情報および注意事項等の遅滞なき発信. 5)地域住民への蚊防除対策への参画要請. 6)各自治体で, 媒介蚊対策をおこなう部門と感染症対策部門との連携を平常時から強化する必要性. 現在, 我が国でアカイエカやヒトスジシマカの発生状況調査は行われておらず, 都市部でどの程度蚊が発生しているかデータがない. 本年から都市部での蚊の発生状況を把握するために, ドライアイストラップを用い, 北海道, 東京, 埼玉, 千葉, 神奈川, 富山, 大阪, 沖縄等で成虫の捕集およびWNVの検出等が開始された. また, 上記2種の媒介蚊を各地から集め, 殺虫剤抵抗性レベルの調査も開始された. 今後このような調査が各自治体の関連部局で積極的に行われることを強く望んでいる. |
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ISSN: | 0424-7086 |