侵襲反応-病態生理と制御

熱傷, 多発外傷, 敗血症, 手術などにさらされるとき, 生体は生き延びるために種々の防御反応を起こすが, これを総称して侵襲反応と呼ぶ. 食道癌手術は消化器外科で最も侵襲が大きい手術の一つであり, その管理の成否が手術成績に大きく影響する. われわれは食道癌手術患者を中心に, 高度侵襲時のエネルギー蛋白代謝, 免疫反応に関する病態生理と, これを生体にとって有利に導く戦略について検討してきた. [1]侵襲時の代謝変動 侵襲時の物質交代の変動については, これまで生体に出入りする物質の量を外から観察した り, 生体内の物質の濃度を測定して病態を考察することが行われた. われわれはエネルギー基質...

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Published in日本農村医学会雑誌 Vol. 53; no. 4; pp. 693 - 695
Main Author 田代亜彦
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本農村医学会 01.11.2004
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ISSN0468-2513

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Summary:熱傷, 多発外傷, 敗血症, 手術などにさらされるとき, 生体は生き延びるために種々の防御反応を起こすが, これを総称して侵襲反応と呼ぶ. 食道癌手術は消化器外科で最も侵襲が大きい手術の一つであり, その管理の成否が手術成績に大きく影響する. われわれは食道癌手術患者を中心に, 高度侵襲時のエネルギー蛋白代謝, 免疫反応に関する病態生理と, これを生体にとって有利に導く戦略について検討してきた. [1]侵襲時の代謝変動 侵襲時の物質交代の変動については, これまで生体に出入りする物質の量を外から観察した り, 生体内の物質の濃度を測定して病態を考察することが行われた. われわれはエネルギー基質や蛋白質が交代する動態, 速度を直接測定することを試みた. (1)タンパク代謝動態については, 安定同位元素の15N でラベルしたアミノ酸(15N グリシン)を定速静注し, 一定時間後にプラトーになった尿中同位元素を測定して求めた. その結果, 侵襲時には合成, 分解ともに増加し, 特に分解の増加が著しかった. またその程度は侵襲の大きさに相関した. このように侵襲時には, 蛋白代謝回転が亢進して新鮮な蛋白と活発に入れ替わり, 生き残りに有利な代謝環境を提供している様子がうかがえた. (2)エネルギー代謝については, われわれは1970年代から間接熱量測定を導入し, 侵襲時に増加することを報告してきた. (3)燃焼するエネルギー基質については, 糖の燃焼は13C でラベルしたU[13C]グルコースをbicarbonate pool のpriming 後に定速静注し, 一定時間後にプラトーになった呼気中の同位元素を測定して求めた. また間接熱量測定を同時に施行して脂肪, 蛋白の燃焼量も求めた結果, 侵襲時には糖の分解が抑制され脂肪の酸化が亢進していることがわかった. これらは侵襲時の至適エネルギー基質の選択にも示唆を与えるものと思われる. (4)脂肪の代謝動態は血中グリセリンのクリアランスから測定し, これも侵襲時に合成も分解も亢進することがわかった. また少量のグルコース投与で脂肪分解が著明に抑えられることもわかった. [2]侵襲反応の抑制 侵襲時のエネルギー, 蛋白代謝管理の研究が エネルギッシュに進められ, 胃全摘や大腸切除など通常の外科手術では侵襲反応に伴う代謝変動を十分に制御できることがわかった. 同時に, 侵襲が高度になると代謝管理にも限界があることも明らかになった. 食道癌の術直後ではいくらエネルギーや蛋白を投与しても窒素平衡を正転出来ないこと, 高度侵襲時や術後照射化学療法時など免疫低下を栄養管理では防げないことなどが明らかになった. 蛋白代謝の破綻や免疫能低下が, 食道癌手術術後の合併症発生や予後を決定する重大な要素である. ここで, 栄養剤や薬剤の免疫学的, 薬理学的効果に期待する重症病態の管理戦略が注目され, immunonutrition, pharmaconutrition と呼ばれる分野が生まれた. (1)成長ホルモン(GH), Insulin like growthfactor-1(IGF-1)は強力な蛋白同化作用があり, 遺伝子技術の進歩で大量安価に入手できるようになって, 重症病態下での臨床応用に大きな期待が寄せられた. われわれは早くから研究に着手し, 動物実験で蛋白合成促進効果や細胞性免疫能の賦活効果, 腸粘膜増殖効果, translocation 防止効果などを明らかにしたあと, 食道癌手術術後に投与し著明な臨床効果を確認した. しかしヨーロッパを中心にした重症 患者を対象にした治験で明かな効果を確認できず, 日本で殆ど実施するばかりになっていた臨床治験が宙に浮いてしまった苦い経験がある. 今わずかに小児の短腸症候群に対する研究が進められている. (2)脂肪については, ω-3系の多価不飽和脂肪酸の効果がエスキモーの疫学調査で確認され, 外科分野でも臨床応用が期待された. ω-6系多価不飽和脂肪酸のアラキドン酸カスケードの生理活性物質の産生が, ω-3系多価不飽和脂肪酸の投与で抑えられるとの理論的根拠に拠っている. われわれはω-3系多価不飽和脂肪酸の投与時の, 主に免疫学的効果について, その頃から導入の始まった分子生物学的手法を用いて明らかにした. ついで食道癌手術前後にω-3系多価不飽和脂肪酸を経口投与してω-6系多価不飽和脂肪酸の多い大豆油脂肪乳剤投与群と比較し, 侵襲反応を抑制し細胞性免疫能を有利に維持することを明らかにし, Ann Surg への掲載を果たした. (3)経腸栄養法が見直された. 高カロリー輸液はその優れた臨床効果の故に長い間無批判に施行されてきたが, 長期施行時の害がようやく指摘されるようになった. 腸粘膜の萎縮と構築の破綻, それに伴う細菌やendotoxinの透過性の亢進(bactrial translocation), 細胞性免疫の障害などである. われわれは, 食道癌手術前後に経腸栄養法を施行することにより, 侵襲反応を軽減し, 細胞性免疫能の術後の回復を促進し, 血中へのendotoxinの出現を完全に防ぐことを明らかにした. 経腸栄養法は, 今では最も簡便で有用なimmunonutrition, pharmaco-nutrition の戦略となっている. 以上, 一研究室の成績の一部を述べさせていただいた. 外科代謝学, critical care の研究領域は広く, 世界中の研究者による莫大なevidenceが集積されている. これからはこれらを適切に評価し, 第一線病院で実践してゆくことが重要と考えている. 当院では全入院患者を対象に, 昨年導入したIT による低栄養入院患者や代謝異常患者のリストアップから始め, 病棟回診, 入院外来患者の栄養管理指導を所掌する院長直属のチーム(Nutrition SupportTeam, NST)を立ち上げて2年になった. 多くの研究者による成果が, 医師ばかりでなく管理栄養士, 看護師, 薬剤師のチームが実践してゆく時代にはいった.
ISSN:0468-2513