摂食・嚥下リハビリテーションの実力
摂食・嚥下の目的は水と栄養素の補給と, それを強く動機づける食欲の充足である. さらに摂食・嚥下は社会的活動としての食事(会食)に参加する能力を付与する. 摂食・嚥下障害は水と栄養素の取り込み能の低下という運動学的な障害のみではなく, 生理的欲求が充足できないこと, 会食という親密な関わりに参加できないという社会的問題がある. これらが個人に与える影響は計り知れない. 歩行障害のような移動能力低下を機能障害のレベルで解決できない場合は, 車椅子などの道具を用いた代償手段を用いる. すなわち健常部を最大限に活用する方法である. 摂食・嚥下でこれに相当するものは経管栄養法である. 特に自己間歇的経...
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Published in | 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌 Vol. 13; no. 3; pp. 245 - 246 |
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Main Author | |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会
31.12.2009
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ISSN | 1343-8441 |
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Summary: | 摂食・嚥下の目的は水と栄養素の補給と, それを強く動機づける食欲の充足である. さらに摂食・嚥下は社会的活動としての食事(会食)に参加する能力を付与する. 摂食・嚥下障害は水と栄養素の取り込み能の低下という運動学的な障害のみではなく, 生理的欲求が充足できないこと, 会食という親密な関わりに参加できないという社会的問題がある. これらが個人に与える影響は計り知れない. 歩行障害のような移動能力低下を機能障害のレベルで解決できない場合は, 車椅子などの道具を用いた代償手段を用いる. すなわち健常部を最大限に活用する方法である. 摂食・嚥下でこれに相当するものは経管栄養法である. 特に自己間歇的経管栄養法は, チューブと上肢で, 口腔, 咽頭, 食道機能を代償する. 若干の訓練を要すが, 水・栄養素の取り込みは解決する. しかし, 食欲や会食には全く対峙することができない. 摂食・嚥下は顎, 舌, 咽頭, 喉頭などの器官の協調運動で行われる. 歩行は主に下肢の協調運動で行われるが, 下肢は一対の器官であり, 片側の機能障害では健側の機能を最大限に活用して歩行を再建する. 健側機能と道具の応用での代償を試みるのがリハビリテーションの戦術である. しかし摂食・嚥下関連器官は上肢や下肢のように一対の器官ではない. 代償する健側が存在しないことが摂食・嚥下リハビリテーションを困難さの要因の一つと考えられてきた. 一方, 嚥下に限ってみると, その活動の帰結は複雑でない. 食物を気道に迷入させずに胃に届けることのみである. 嚥下の美しさやエネルギー効率などを問題することはない. 現在, 私たちに求められている最重要事項は, 食事を誤嚥なく行わせることである. 代償手段は歩行に比べると不確実かもしれないが, 再建する活動は歩行に比べればかなり単純である. この単純さを逆手にとると, 精緻さがそれほど求められない課題と考え得る. その意味で, 歩行で行うような分解能で運動学的, 運動力学的評価は必要がない. その一方で, 舌, 咽頭, 喉頭や食塊の運動は肉眼で評価できず, 触診もほとんどできない. 摂食・嚥下の機能評価は直接的に観察できない不利がある反面, 精緻さはあまり要求されないとして良い. さて, 私たちの施設ではこれまで, 多くの脳幹障害による慢性期摂食・嚥下障害のリハビリテーションを経験している. 発症後1年以上を経過した例であり, 通常であれば形態・機能のレベルで訓練効果はあまり期待できない. しかし, このような症例に, 集約的に一定期間のリハビリテーションを行うと, 約6割が何らかの経口摂食が可能になり, うち約7割はすべて経口摂食になった. 何が起こったのであろうか?この結果の最大の契機は的確な評価であったと思う. 脳幹障害は左右差がある. これを明らかにし, 有効な姿勢調整を見つけだしたことである. これを訓練で強化できれば経口摂食が可能になった. 特別なテクニックを使用していない. ただ嚥下造影を用いて麻痺側を定め, きわめて基本的な姿勢調整法あいは代償手技を応用したに過ぎなかった. もう一つの要素はバイオフィードバックであった. 食塊の通過経路の確認や代償手技が期待通りに行われたかを, 内視鏡を用いた視覚フィードバックをすべての例に適用した. これは患者よりも療法士に必要であろう. 施行した嚥下が望ましいものであったかどうかは, このような器機を用いないとわからないからである. そして長い訓練期間が必要であった. 直接訓練の方法が確立したあと正味1日2~3単位の訓練を連日施行して, 最高の帰結に達するまでに約3カ月以上を要した. 初期には大きな姿勢調整や, 食物調整を行っても1回の訓練で数口しかとれなかったものが, すべての栄養を経口摂食で可能になる過程は, 何とか座位がとれるようになった片麻痺患者が装具で歩行が自立になることと同じ学習過程が関わっているからと思われる. 以上の経験から摂食・嚥下リハビリテーションは運動学と運動学習の基本的な原則に則すれば高い機能帰結を求めることができると感じた. 理学療法や作業療法で培ったリハビリテーション技術をさらに導入する必要があると思う. |
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ISSN: | 1343-8441 |