英語における不定詞の主語を表わす形態の起源について

英語における不定詞は,起源的には動詞の語幹から派生した抽象名詞であった。従って統語的には,単純形ては動詞の意義素の表出(後に助動詞に続く原形)という役割を果し,斜格形では内心構造を形成する従属的要素であった。その後他の準動詞に先かけて,その動詞的機能を発揮し外心構造的統語単位を形成するように発展した。その斜格形の意味的形骸化は早く,OE期には既にto付き不定詞の頻度が(屈折だけの)単純形の頻度を遥かに上廻っていたと言われる。toは,言わば外心構造的不定詞構文の指標の働きをしていたのである。当初の不定詞構造にはその主語の表出という明確な統語的要求は無く,定形節の動詞の屈折形態か主語と呼応するのと...

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Published in石川県農業短期大学研究報告 Vol. 16; pp. 61 - 73
Main Author 井東, 廉介
Format Journal Article
LanguageEnglish
Published 石川県公立大学法人 石川県立大学 1986
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Summary:英語における不定詞は,起源的には動詞の語幹から派生した抽象名詞であった。従って統語的には,単純形ては動詞の意義素の表出(後に助動詞に続く原形)という役割を果し,斜格形では内心構造を形成する従属的要素であった。その後他の準動詞に先かけて,その動詞的機能を発揮し外心構造的統語単位を形成するように発展した。その斜格形の意味的形骸化は早く,OE期には既にto付き不定詞の頻度が(屈折だけの)単純形の頻度を遥かに上廻っていたと言われる。toは,言わば外心構造的不定詞構文の指標の働きをしていたのである。当初の不定詞構造にはその主語の表出という明確な統語的要求は無く,定形節の動詞の屈折形態か主語と呼応するのとは異った意味論的統語論的役割を担っていたものと考えられる。不定詞の意味上の主語を構成素間の関係として精密に分析することはイエスペンセン等に負う点か多いと思われるが変形生成文法的深層構造の設定には歴史的事実との矛盾が感じられる。変形生成文法的分析においては,不定詞構文の深層構造は〔for+NP+to-Inf〕であるとする。ここでは,forが不定詞構文の主語の指定辞としての機能を全面的に定式化していることと,すべての述語的単位には主語がなければらないというC.Kirkpatricの言う『火の無いところに煙は出ない』式の統語意識が前提になっている。その前提を保証する形式として,現時点て特に米語において優勢な統語意識を当てた事は想像に難くない。しかし,不定詞構文の発展にはOE期以来,上記公式とは無関係に新しい統語意識を既存の形式に吸収させるという言語一般の傾向が底流をなくしていた。最も古い形のラテン語の影響を受けた主語-述語の関係を持った埋め込み構造は〔対格+単純形不定詞〕という二重対格構文の形を借りて反映された。「関与」を表わす与格が不定詞の主語と考えられたのもラテン語の影響を受けた統語関係が英語に反映された14Cの臨時的現象であった。関与を表わす与格がfor+NPで表わされるようになると,〔(述語)形容詞(+名詞)+to-Inf.〕の表現において,その述語部分に関与するものは多くfor+NPで表わされるようになり,15Cにはこの語法が確立されたと考えられている。この構造においてはforは不定詞の主語の指定という機能面と同時にその本来的意味をも維持していた。主格属格を表わすofかその統語特性上〔形容詞(+名詞)〕の方へより強<引きつけられて不定詞主語の一般的指定辞としての機能を発展させす,受動形の行為者を指定するに至って,現在では古用法となっているのと対照的である。米語におけるfor+NP(+to-Inf.)の意味上の漂白現象と統語機能の一般化は,近年において特に著しく英語と対照されるものであり,13Cを中心にfor toか不定詞の主語の指定とは無関係に単なる不定詞の指標辞として約200年間用いられていたが廃れてしまった現象と類似した一般的言語現象であろうと思われる。不定詞の主語の表出形態をその起源的統語意識との関連において考察することにより,不定詞構文の深層構造として設定された公式は一面的言語現象を一般化しようとするものであり,その発展の過程における種々の表現形式を時には現在まで残している自然言語としての英語の不定詞構文の分析の基盤とするには必然的に無理があると思われるのである。
ISSN:0389-9977
2433-6491
DOI:10.20715/bulliac.16.0_61