ナノカーボンのディラック電子=フォノン間相互作用ダイナミクス(最近の研究から)
超短パルスレーザー技術の進展により,1パルスの包絡線内に数サイクルの電磁波しか含まない極短パルスが,マイクロ波領域だけでなく,テラヘルツ領域,近赤外〜可視光領域,さらには,紫外・X線領域でも得られるようになってきた.これらを光源として,原子・分子,液相・固相物質中の電子や原子核の光応答を,光の振動周期に匹敵する非常に短い時間分解能で捉えることが可能になっている.さらに,パルス光の高い電場強度に起因する物質の極限的な非線形光学応答も,様々な周波数領域で観測されるようになってきた.パルス内の各周波数成分を変調して,化学反応や凝縮系の物性を自在に制御するといった試みも視野に入ってきている.時間と周波...
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Published in | 日本物理学会誌 Vol. 70; no. 10; pp. 770 - 775 |
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Main Authors | , , |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
一般社団法人 日本物理学会
05.10.2015
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Subjects | |
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ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
DOI | 10.11316/butsuri.70.10_770 |
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Summary: | 超短パルスレーザー技術の進展により,1パルスの包絡線内に数サイクルの電磁波しか含まない極短パルスが,マイクロ波領域だけでなく,テラヘルツ領域,近赤外〜可視光領域,さらには,紫外・X線領域でも得られるようになってきた.これらを光源として,原子・分子,液相・固相物質中の電子や原子核の光応答を,光の振動周期に匹敵する非常に短い時間分解能で捉えることが可能になっている.さらに,パルス光の高い電場強度に起因する物質の極限的な非線形光学応答も,様々な周波数領域で観測されるようになってきた.パルス内の各周波数成分を変調して,化学反応や凝縮系の物性を自在に制御するといった試みも視野に入ってきている.時間と周波数(エネルギー)の不確定性関係から,このようなパルスの周波数帯域は極端に広く,現在では1オクターブ(周波数で2倍)以上のスペクトル幅を持つ光源も実現されている.これに伴って,従来のポンププローブ分光法において行われていたようにプローブ光全体の強度を測定して反射率・透過率などの時間変化を調べるだけではなく,プローブ光をエネルギー分解してスペクトル情報も含めた実験を行うことで,分子や物質の共鳴吸収などの変化が超短時間分解能で得られるということが分かってきた.この手法では物質と相互作用した後の広帯域光を周波数分解するため,あらかじめ狭帯域のパルスを物質に入射した場合とは異なり,周波数分解によって時間分解能が悪化することはない.そのため短い時間分解能と高い周波数分解能を両立することが可能となる.このような分光が効果的に応用された例として,グラファイト系材料における電子格子相互作用の共鳴効果が挙げられる.グラフェンやカーボンナノチューブに代表される低次元炭素系物質においては,電子バンド構造が線形になり,質量ゼロのディラック電子が現れることが良く知られている.線形の電子バンドが交差するディラック点近傍では,テラヘルツ波や格子振動など低周波領域の励起であっても効率的に電子遷移が起こり,それに伴って非常に強い電子格子相互作用が生じる.このような系でのフォノンスペクトルの特異なふるまいは,これまで定常(非時間分解)ラマン散乱分光法を用いて研究されており,Kohn異常に起因する強い電子格子相互作用などが報告されてきた.我々は,これらの物質中のディラック電子とコヒーレントフォノン相互作用を波長分解コヒーレントフォノン分光法で調べた.広帯域のプローブ光を波長分解し,励起されたコヒーレンスがどの波長域で強い信号をもたらすかを調べることによって,電子格子相互作用の詳細を明らかにできる.グラフェンにおいては,二重共鳴ラマン散乱によって励起されるDモードの強度,ピーク周波数が顕著な検出波長依存性を示すことから,コヒーレントなナノ波束を形成していると考えられる.金属型カーボンナノチューブでは,二次のラマン過程を介して生成される2Dモードが共鳴的に増強され,フォノンスクウィーズド状態の形成を示唆している.このように,超短パルスレーザー光源を用いてコヒーレントフォノンを励起することにより,定常ラマン分光では知ることのできなかった様々な興味深いコヒーレント状態を観測することができる.また,広帯域のプローブ光を波長分解し,励起されたコヒーレンスがどの波長域で強い信号をもたらすかを調べることによって,電子格子相互作用の詳細を明らかにできる. |
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ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
DOI: | 10.11316/butsuri.70.10_770 |