3Dプリンターが拓く新しい物理学の可能性(最近の研究から)

3Dプリンターは自由形状の3次元構造物を簡便に造形できる装置である.3Dプリンターにはさまざまな方式があるが,最近廉価に販売され始めた3Dプリンターは硬いプラスチックを溶融し積層するタイプで,数万円台から販売されているものもあり,研究室や家庭でも購入できる価格帯となったことからよく使われるようになった.一方で,我々は軟らかいソフトマターであるゲルを自由造形できる"3Dゲルプリンター"を開発し,実用化を目指した研究を進めている.3Dゲルプリンターは"バスタブ"と呼ばれる容器内に特殊な溶液を入れ紫外線で化学反応を誘起し成形を行う方式を用いており,これによって...

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Published in日本物理学会誌 Vol. 70; no. 8; pp. 625 - 630
Main Authors 古川, 英光, 川上, 勝, 牧野, 真人, 齊藤, 梓
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 一般社団法人 日本物理学会 05.08.2015
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Summary:3Dプリンターは自由形状の3次元構造物を簡便に造形できる装置である.3Dプリンターにはさまざまな方式があるが,最近廉価に販売され始めた3Dプリンターは硬いプラスチックを溶融し積層するタイプで,数万円台から販売されているものもあり,研究室や家庭でも購入できる価格帯となったことからよく使われるようになった.一方で,我々は軟らかいソフトマターであるゲルを自由造形できる"3Dゲルプリンター"を開発し,実用化を目指した研究を進めている.3Dゲルプリンターは"バスタブ"と呼ばれる容器内に特殊な溶液を入れ紫外線で化学反応を誘起し成形を行う方式を用いており,これによって例えば患者個人の脳内血管の3Dスキャンデータからゲルでできた透明な血管モデルを造形すれば,手術の事前検証が可能となる.さらに,ゲルはセラミックやプラスチックなどと比べて生体組織の物質状態に近いため,再生医療分野などへの応用も期待されている.ゲルは,高分子が結合してできた網目構造を持っており,この網目構造がゲルの硬さ(ヤング率)と関わっている.我々は動的光散乱を用いることで,ゲルの網目構造,すなわち固さを可視化する走査型顕微光散乱の方法に基づく"3Dゲルスキャナー"の開発も進めている.現在の3Dスキャナーや3Dプリンターは,外形をコピーするのに留まっているが,この3Dゲルスキャナーや3Dゲルプリンターを組み合わせることで,物体の内部や硬さ軟らかさまで含めたソフトマターの3Dコピーが可能になる.また我々は,普及が進む3Dプリンターを活用した新しい研究を探索している.一つは分子や物質の可視化である.紙の上に印刷されている分子や物質の構造図,あるいはモニタ上のコンピュータグラフィック像をただ眺めているだけでは,分子の構造は理解しにくい.そこで,3Dプリンターで化学構造,あるいはタンパク質の高次構造を印刷しておき,手で分子を触って,回転させて,重ね合わせてという操作を行うことで新しい発見を期待している.すでに,このような試みは,多くの教育機関で行われている.しかし,このような分子モデルの印刷には「コツ」があり,我々は,印刷の手順を伝えるサイトを準備中である.また,相分離構造の可視化,可触化への適用も試みている.たとえばジブロック・ポリマーのミクロ相分離は,コンピュータシミュレーションを用いることで,さまざまな構造を容易に見ることができる.その一方で,その構造の一つのダブルジャイロイドなどは,コンピュータグラフィックを用いても,ディスプレイの内部では分かりにくい.そこで,3Dプリンターで立体構造を印刷すれば,複雑に絡み合った共連続構造であることを手に取って確かめることができ,新しい観測の在り方へつながることを期待している.さらには力学や流体力学の剛体運動の観察に3Dプリンターで作った模型の利用も試みている.コマやラトルバックと呼ばれる剛体の回転運動を試してみることは非常に教育的である.物体の自由回転であるテニスラケットの定理とよく似た理論で説明できる捩じれた粒子の沈降も試すことができる.今後,物理理論の検証にも3Dプリンターが役に立つに違いない.他にも,我々は,食品を印刷する3Dフードプリンターの開発や,溶接機を用いて金属を印刷する安価な3D金属プリンターの開発などの応用研究も展開している.このように各種の3Dプリンターの開発が進み,それがさまざまな場面で活用されることで,新しく楽しい物理学の世界が拓かれる未来を想像している.
ISSN:0029-0181
2423-8872
DOI:10.11316/butsuri.70.8_625