大規模な格子QCD計算が予言する複合粒子「ダイオメガ」

二つのバリオン(クォーク6個)からなる安定な粒子(ダイバリオン)は,1930年代に発見された重陽子(陽子1個と中性子1個の束縛状態)を除いて観測されていない.これ以外のダイバリオンは存在しないのであろうか.理論的にこれを知るには基礎理論である量子色力学(QCD)からのアプローチが必要である.QCDとは,南部陽一郎博士が1966年にその原型を提唱したクォークの運動を記述する基礎理論である.しかし,QCDの基本方程式を解析的に解くことは,最先端の数理的手法をもってしても困難である.K. G. Wilson博士が1974年に提唱した「格子ゲージ理論」はこの困難を数値的に解決する.この理論に基づいて定...

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Published in日本物理学会誌 Vol. 74; no. 12; pp. 845 - 849
Main Authors 権業, 慎也, 佐々木, 健志
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 一般社団法人 日本物理学会 05.12.2019
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Summary:二つのバリオン(クォーク6個)からなる安定な粒子(ダイバリオン)は,1930年代に発見された重陽子(陽子1個と中性子1個の束縛状態)を除いて観測されていない.これ以外のダイバリオンは存在しないのであろうか.理論的にこれを知るには基礎理論である量子色力学(QCD)からのアプローチが必要である.QCDとは,南部陽一郎博士が1966年にその原型を提唱したクォークの運動を記述する基礎理論である.しかし,QCDの基本方程式を解析的に解くことは,最先端の数理的手法をもってしても困難である.K. G. Wilson博士が1974年に提唱した「格子ゲージ理論」はこの困難を数値的に解決する.この理論に基づいて定式化された「格子QCD」を用いて大規模数値シミュレーションを行うことで,1個のバリオンに関する精密計算が2000年代後半から可能になった.また,2007年に石井理修(大阪大学),青木慎也(京都大学),初田哲男(理化学研究所)は,格子QCDを用いて2個のバリオンの間に働く力を導出する新しい方法を提案した.これにより,QCDから直接ダイバリオンの研究を行う道が拓かれたが,ダイバリオンについての現実的シミュレーションは,2010年以前のスーパーコンピュータの性能では不可能だった.それを実現するために組織されたHAL QCD共同研究グループでは,さらなる理論的手法(時間依存型HAL QCD法)と高速化する数値アルゴリズム(統一縮約法)の開発を行った.2016年からは,理研の最先端スーパーコンピュータ「京」や「HOKUSAI」を用いて,現実的な大規模数値シミュレーションと,そのデータ解析がさまざまなバリオンの組み合わせについて行われてきた.なかでも2個のΩ粒子の間に働く力について興味深い研究結果が得られた.それは,Ω粒子の間に,遠距離では引力,0.3 fm(3×10-14 cm)より短距離では反発力が働くという結果である.この性質は陽子や中性子に働く核力と類似している.しかし,遠距離でのパイ中間子交換,短距離でのクォーク間のPauli排他原理が重要な役割を果たす核力とは,同じ機構で発生した性質ではない.いずれにしろ,遠距離での引力のおかげで,2個のΩ粒子が束縛状態を作る可能性がある.実際,散乱位相差や束縛エネルギーを求めることでΩ粒子同士が弱く束縛したダイバリオン「ダイオメガ(ΩΩ)」が存在する結果が得られた.ダイオメガは重陽子と同様,ユニタリー領域にあることもわかった.ダイオメガは,将来的に実験で捉えられる可能性がある.特に,CERNで稼働中の大型ハドロン衝突型加速器(LHC),ドイツ重イオン研究所(GSI)で建設中の加速器施設FAIR,茨城県東海村の加速器施設J-PARCで立案中の重イオン加速器などにおける重イオン衝突実験で,2粒子相関測定を行うことに期待が寄せられている.すでにさまざまなバリオンの組み合わせ(例えば,ΛΛ,N Ξ,NΩ)の2粒子相関測定実験が2018年から報告され,我々のシミュレーションの正当性が確かめられ始めている.今後,格子QCDと加速器実験の協働によるダイバリオン研究が大きく進展すると予想される.
ISSN:0029-0181
2423-8872
DOI:10.11316/butsuri.74.12_845