ミュオンスピン緩和法による動作状態の電池材料中におけるイオンの自己拡散係数測定
二酸化炭素排出量を削減するためには,蓄電池の高性能化が必要である.蓄電池の構成材料中のイオン伝導性は,蓄電池の大容量化及び高入出力化に直接結びつく.現在蓄電池の代表格であるLiイオン電池については,リチウム資源量やその産地が特定の地域に限られるという問題がある.このため,安価で世界情勢に影響されにくいNaイオン電池等の研究が活発に行われている.これらのイオン電池内部では,電荷担体としてLi+,Na+,K+などのイオンが拡散移動する.したがって,電池内でのイオンの動きを調べることは,電池全体の充放電速度を始めとする電気化学性能の律速要因を理解し,改良していくために重要である.イオンダイナミクスの...
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Published in | 日本物理学会誌 Vol. 79; no. 10; pp. 555 - 560 |
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Main Authors | , , |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
一般社団法人 日本物理学会
05.10.2024
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ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
DOI | 10.11316/butsuri.79.10_555 |
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Summary: | 二酸化炭素排出量を削減するためには,蓄電池の高性能化が必要である.蓄電池の構成材料中のイオン伝導性は,蓄電池の大容量化及び高入出力化に直接結びつく.現在蓄電池の代表格であるLiイオン電池については,リチウム資源量やその産地が特定の地域に限られるという問題がある.このため,安価で世界情勢に影響されにくいNaイオン電池等の研究が活発に行われている.これらのイオン電池内部では,電荷担体としてLi+,Na+,K+などのイオンが拡散移動する.したがって,電池内でのイオンの動きを調べることは,電池全体の充放電速度を始めとする電気化学性能の律速要因を理解し,改良していくために重要である.イオンダイナミクスの指標である化学拡散係数(DC)と自己拡散係数(DJ)を定量的に見積もる手法として,電気化学測定が広く用いられている.電気化学測定で計測されるのは電気化学反応面積Aを含んだ見かけの拡散係数(DC/A2, DJ/A2)である.一般にAを実測することは難しく,Aは電池動作時にも変化する.このため異なる材料間でのDの比較や,電池動作時の組成変化及び構造変化とDを対応づけることが困難である.我々は,試料内部の局所磁場を検出する手法であるμSR法を用いて,電池内部で拡散するイオンの核双極子磁場の時間揺らぎを観測した.得られた結果に酔歩模型を適用することで,電気化学反応面積を含まないD Jの導出に成功した.この結果,これまでは困難であった,異なる物質間や異なる充電量でのD Jの比較が可能となった.当初は,特定の充電量にした状態の電池をグローブボックス内で解体して電極を取り出し,これをμSR測定専用の密封容器に移し替えるex-situ測定を行ってきた.このため,実動作条件でのD Jに関する情報はなかった.また,D Jと充電量の関係を知るためには,異なる充電状態の試料を多数用意する必要があった.今回,動作状態の電池内のイオンの拡散を動作環境下で観測できるように,市販の電池評価用セルをベースに,試料にミュオンが止まるようにTi製の窓を持つセルを開発した(図(a)参照).まず,LiCoO2正極とLi金属負極からなる半電池,次いでNa0.75CoO2正極とNa金属負極からなる半電池を組んで,充放電過程におけるμSR測定を行った.実験は,大強度陽子加速器施設J-PARC物質・生命科学実験施設内のミュオン実験施設の汎用μSR実験装置ARTEMISにて実施した.得られた結果から酔歩模型により見積もったLi+とNa+イオンがジャンプ拡散する際のD JLi及びD JNaとLi濃度x及びNa濃度xとの関係を図(b)に示す.LiのD JLiは,x=1近傍以下では比較的急峻であるが,x<0.8ではxの減少とともにD JLiはゆっくりと増加し,Li秩序に起因する2つの小さな極小値がx~2 / 3と1/ 2に存在した.一方,NaのD JNaはxの減少とともにほぼ直線的に減少することが分かった.本測定手法は,ここで紹介した電解液を用いるLi,Na,Kイオン電池のみならず,それらの全固体電池にも適用可能である.電荷担体であるイオンが核スピンによる磁場を有していれば,他の蓄電池にも原理的には適用できる.J-PARCのビーム強度増強により,今後は測定時間の短縮と更なる活用が進むことを期待している. |
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ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
DOI: | 10.11316/butsuri.79.10_555 |