フェムト秒レーザーパルス励起によるテラヘルツ波放射とその物性研究への応用

電波と光波の中間の周波数(0.1~10 THz: 1 THz=1012 Hz)の電磁波は,テラヘルツ波と呼ばれる.特に,中心周波数が1 THzのほぼ単一サイクルのテラヘルツ波は,その発生や検出が容易であるため物性研究に広く使われている.1 THz周辺には,固体の様々な素励起,例えば,強誘電体のソフトモードや磁性体のマグノン,分子性固体の分子の回転や振動モードが存在し,それらを調べるためにテラヘルツ波による分光は有効な手段となる.このテラヘルツ分光では,電磁波の波形そのものを測定できること,言い換えると,電磁波の強度だけでなく位相も測定できることが特長であり,それによって物質の光学定数の実部と虚...

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Published in日本物理学会誌 Vol. 74; no. 5; pp. 314 - 324
Main Authors 貴田, 徳明, 宮本, 辰也, 岡本, 博
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 一般社団法人 日本物理学会 05.05.2019
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ISSN0029-0181
2423-8872
DOI10.11316/butsuri.74.5_314

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Summary:電波と光波の中間の周波数(0.1~10 THz: 1 THz=1012 Hz)の電磁波は,テラヘルツ波と呼ばれる.特に,中心周波数が1 THzのほぼ単一サイクルのテラヘルツ波は,その発生や検出が容易であるため物性研究に広く使われている.1 THz周辺には,固体の様々な素励起,例えば,強誘電体のソフトモードや磁性体のマグノン,分子性固体の分子の回転や振動モードが存在し,それらを調べるためにテラヘルツ波による分光は有効な手段となる.このテラヘルツ分光では,電磁波の波形そのものを測定できること,言い換えると,電磁波の強度だけでなく位相も測定できることが特長であり,それによって物質の光学定数の実部と虚部の両者を近似を使わずに決定できる.このテラヘルツ波の特長をより効果的に利用した物性研究はできないだろうか? これが筆者らの研究の動機である.反転対称性が破れた物質にフェムト秒レーザーパルスを照射すると,二次非線形光学効果によってテラヘルツで振動する分極が生じる.電磁気学によれば,分極が時間的に変動すると電気双極子放射によって電磁波が発生する.したがって,放射されるテラヘルツ波の時間波形には,光照射による分極の変化に関する情報が含まれている.それを解析すれば,光照射前後の反転対称性の破れや分極に関する微視的な知見が得られるはずである.最近,我々は,有機強誘電体に時間幅約100フェムト秒のレーザーパルスを照射すると,二次非線形光学効果の一種である光整流と呼ばれる現象によりテラヘルツ波が発生し,その位相が分極の方向に依存することを見出した.また,位相の場所依存性を測定することにより,分極ドメインをイメージングできることを示した.更に,テラヘルツ波の振幅(位相)と偏光を測定することにより,分極の大きさと向きのマッピング(分極ベクトルイメージング)が可能であることを実証した.光照射によって物質の分極が変化する現象は,光整流以外にも幾つか存在し,光と分極の相互作用の性質に応じて多彩なテラヘルツ波放射が現れる.例えば,瞬時誘導ラマン散乱による分極変調では,狭帯域のテラヘルツ波が発生する.テラヘルツ波は,磁化の時間変化によっても発生する.これを利用すれば,強磁性体やフェリ磁性体の磁気ドメインをイメージングできる.テラヘルツ波は,電流の時間変化によっても生じる.ある種の極性半導体では,円偏光の光を照射するとスピン偏極した電流が特定の方向に流れるためテラヘルツ波が発生するが,その位相は円偏光を右回りから左回りに切り替えることで反転させることができる.近年のフェムト秒レーザー技術の発展は,光照射によって物質の電子構造ががらりと変化する現象,いわゆる“光誘起相転移”の研究を加速させている.その一種である光誘起強誘電-常誘電転移においては,大きな分極変化が高速で生じるため高効率のテラヘルツ波放射が生じる.その時間波形を解析することにより,光誘起相転移のダイナミクスの情報を得ることも可能である.今後,更に短い時間幅のレーザーパルスによって放射されるテラヘルツ波の時間波形の測定やその空間分解測定を通して,テラヘルツ波放射が光誘起相転移研究においても強力なプローブになると期待される.
ISSN:0029-0181
2423-8872
DOI:10.11316/butsuri.74.5_314