エンタングルメントの面積則とエニオンの数理
多体量子状態が持つ量子的相関であるエンタングルメントは,量子テレポーテーションや量子計算に必要不可欠なリソースとして,量子情報理論において精力的に研究されている.エンタングルメントの概念は今や量子情報分野の枠を超え,物性物理や量子重力の分野にも広く浸透し,量子多体系を特徴づけるツールとして欠かせない存在となっている.エンタングルメントの面積則(Area law of entanglement)は,多くの量子多体系の基底状態で成り立つとされる,エンタングルメントの普遍的な法則である.面積則によると,量子多体系の部分領域とその外側との間のエンタングルメントの大きさは,領域の境界の大きさに比例する....
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Published in | 日本物理学会誌 Vol. 79; no. 6; pp. 286 - 291 |
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Main Author | |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
一般社団法人 日本物理学会
05.06.2024
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ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
DOI | 10.11316/butsuri.79.6_286 |
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Summary: | 多体量子状態が持つ量子的相関であるエンタングルメントは,量子テレポーテーションや量子計算に必要不可欠なリソースとして,量子情報理論において精力的に研究されている.エンタングルメントの概念は今や量子情報分野の枠を超え,物性物理や量子重力の分野にも広く浸透し,量子多体系を特徴づけるツールとして欠かせない存在となっている.エンタングルメントの面積則(Area law of entanglement)は,多くの量子多体系の基底状態で成り立つとされる,エンタングルメントの普遍的な法則である.面積則によると,量子多体系の部分領域とその外側との間のエンタングルメントの大きさは,領域の境界の大きさに比例する.これは多体ヒルベルト空間上の典型的な状態が持つエンタングルメントが,領域全体の大きさに比例することと対照的であり,量子多体系の基底状態が持つエンタングルメントが強く制限されていることを示唆している.物性物理ではエンタングルメントの解析がいち早く導入され,相の特徴付けなどに用いられてきた.特にエンタングルメントの面積則から得られる情報は,近年盛んに研究されているトポロジカル秩序相の特徴づけにも有効である.トポロジカル秩序相は局所的な秩序変数を持たないために識別が難しいが,面積則に現れる特徴的な定数項を調べることで,単一の基底状態だけから相の種類をある程度判別できる.トポロジカル秩序相の興味深い特徴に,準粒子がフェルミオンともボソンとも異なる統計性を持つ粒子,エニオンとして振る舞うことが挙げられる.本来エニオンは二次元空間にのみ存在が許される粒子であるが,我々の住む三次元世界においても二次元的なトポロジカル物質中に準粒子として現れることが予言されており,実際近年様々なトポロジカル物質で実験的証拠が得られつつある.エニオンの数理的振る舞いは,数学的にはユニタリモデュラーテンソル圏と呼ばれる理論によって記述され,組み紐群などの数学とも関わりがある.また,量子情報科学においてもエニオンを用いた量子計算方式であるトポロジカル量子計算が提案されており,トポロジカル秩序相は物性物理に限らず様々な観点から注目を集めている.他方,トポロジカル秩序相において何故,どのようにエニオンが創発するのかは理論的に興味深い問題である.この問題には位相的場の理論を用いた方法や,熱力学極限における作用素代数を用いた方法など様々なアプローチがあるが,未だ完全な理解には至っていない.我々は近年の研究で,基底状態が持つエンタングルメントの性質から物質中のエニオンの振る舞いを導出する,新たなアプローチを考案した.このアプローチでは,エンタングルメントの面積則からくる制約と準粒子の振る舞いの整合性を要請することで,様々な量子情報理論的な条件を導出する.こうした条件式を用いることで,単一の基底状態だけからエニオンの数理を構築し,また系に現れるエニオンの情報を引き出せる.このことは,トポロジカル秩序相における準粒子が従うべき法則や,どういった準粒子が現れるかといった情報が,各基底状態の持つエンタングルメントの振る舞いに秘められていることを示唆する.エンタングルメントが量子多体系について潜在的にもたらす情報は,さらに多岐にわたるであろう.エンタングルメントに限らず,今後も量子情報理論で発展した概念の応用のますますの発展が期待される. |
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ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
DOI: | 10.11316/butsuri.79.6_286 |