非対称強レーザー場におけるTd対称分子の結合解離ダイナミクス

1960年のレーザー誕生後,様々な技術革新によってナノ秒からフェムト秒領域の短い時間幅をもつパルスレーザーが利用できるようになった.超短パルス化によって,レーザー光のピーク強度は飛躍的に増大し,特に1985年のMourouとStricklandによるチャープパルス増幅(CPA)法(2018年ノーベル物理学賞)の開発は,大学の実験室におさまる小型のレーザー装置で1015 W/cm2に達するピーク強度をもつレーザー場の発生を可能とした.これはレーザー電場にして約109 V/cmに相当し,水素原子の1s軌道におけるクーロン場の大きさに匹敵する.強レーザー場はその強い電場を介して,物質内の電子の運動を...

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Published in日本物理学会誌 Vol. 79; no. 8; pp. 437 - 441
Main Authors 菱川, 明栄, 長谷川, 景郁, 森下, 亨, 松田, 晃孝
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 一般社団法人 日本物理学会 05.08.2024
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ISSN0029-0181
2423-8872
DOI10.11316/butsuri.79.8_437

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Summary:1960年のレーザー誕生後,様々な技術革新によってナノ秒からフェムト秒領域の短い時間幅をもつパルスレーザーが利用できるようになった.超短パルス化によって,レーザー光のピーク強度は飛躍的に増大し,特に1985年のMourouとStricklandによるチャープパルス増幅(CPA)法(2018年ノーベル物理学賞)の開発は,大学の実験室におさまる小型のレーザー装置で1015 W/cm2に達するピーク強度をもつレーザー場の発生を可能とした.これはレーザー電場にして約109 V/cmに相当し,水素原子の1s軌道におけるクーロン場の大きさに匹敵する.強レーザー場はその強い電場を介して,物質内の電子の運動を駆動する手段を与え,アト秒光パルス発生(2023年ノーベル物理学賞)や炭素材料などの加工や医療などへの応用も進められている.強レーザー場によって誘起される電子のダイナミクスは電場が時間的にどのように変化するか,つまりレーザー電場の波形に敏感であることから,制御された電場波形をもつ波形整形強レーザー場を用いて物質の応答を理解する試みが進められている.波形整形法の一つであるω–2ω波形合成法はレーザーの基本波と第2次高調波を重ね合わせるもので,2つのレーザー光の強度や偏光方向,相対位相に応じてレーザー電場波形が変化する.例えば2色の直線偏光レーザーパルスを平行に重ね合わせてできるω–2ωレーザー場は右図に示すように相対位相に応じて変化する電場振幅をもつ.2つのレーザー場のうち,ωあるいは2ωいずれかのみの場合では偏光方向に対して対称な電場振幅となるのに対し,ω–2ωレーザー場は電子に対して空間非対称な相互作用を与えうる.これまでにω–2ω強レーザー場におけるイオン化や分子内電荷の局在,レーザー高次高調波の制御など,強レーザー場における原子分子過程の理解と制御について研究が進められている.4つの等価な結合をもち正四面体(Td対称)構造をとるメタン(CH4)分子を対象としてω–2ωレーザー場における反応ダイナミクスを調べた.強レーザー場との相互作用によりイオン化し,生成した2価分子イオンからの解離(クーロン爆発)に注目すると,H+とCH3+が生成する経路と,H–H結合形成を伴いH2+とCH2+が生成する経路が観測された.どちらの経路も2色の相対位相によってその放出方向が変化することが見出され,非対称電場中でレーザー偏光方向に沿って特定のC–H結合切断が選択的に起こることが明らかになった.またH+生成過程では解離に選択性をもつ経路が2つ存在することも分かった.これらの選択性を理解するために,強レーザー場過程の一つであるトンネルイオン化に注目した.トンネルイオン化理論に基づく計算から,非対称なレーザー場に対するメタン分子の配向によってイオン化レートが大きく変化することが示され,この配向選択イオン化によってH+生成の一つの経路が説明できた.一方,他方のH+生成経路とH2+生成経路は,トンネルイオン化による予想とは逆の位相依存性を示した.これは核間ポテンシャルの変形を伴う光と分子の強い結合が非対称解離を支配しているため,と考えられる.ω–2ω強レーザー場による分子の非対称解離ダイナミクスを通じて,強レーザー場における分子の複雑な応答についてより深い洞察を得られることが示された.
ISSN:0029-0181
2423-8872
DOI:10.11316/butsuri.79.8_437