病理組織像から考えられる患者さんの苦痛

近年, インフォームド, コンセント, カルテ開示など患者さんに医療情報を包み隠さず知らせることが義務づけられ, 日常的に行われている. 従って, 癌や難治性疾患の患者さんも自分の状態をはっきり知らされ, これまでは門外不出であった最終病理診断書も見ることになる. その上, 過剰とも言える情報が, インターネットなどの手段で簡単に手に入る. それは患者さんが病状の正しい認識を持って治療に取り組めるという利点を持つ一方で, 必要以上の不安, 精神的苦痛を与えるという側面も持っている. 病理診断は最終診断と言われ, 自覚症状がなくても「100%癌である」, 「治療が難しい病気になった」ことを確定し...

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Published inThe journal of the Japan Society of Pain Clinicians = 日本ペインクリニック学会誌 Vol. 10; no. 3; p. 241
Main Author 長沼 廣
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本ペインクリニック学会 25.06.2003
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ISSN1340-4903

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Summary:近年, インフォームド, コンセント, カルテ開示など患者さんに医療情報を包み隠さず知らせることが義務づけられ, 日常的に行われている. 従って, 癌や難治性疾患の患者さんも自分の状態をはっきり知らされ, これまでは門外不出であった最終病理診断書も見ることになる. その上, 過剰とも言える情報が, インターネットなどの手段で簡単に手に入る. それは患者さんが病状の正しい認識を持って治療に取り組めるという利点を持つ一方で, 必要以上の不安, 精神的苦痛を与えるという側面も持っている. 病理診断は最終診断と言われ, 自覚症状がなくても「100%癌である」, 「治療が難しい病気になった」ことを確定してしまう. 患者さんがこのことを知れば, 精神的苦痛は計り知れない. まして, 症状のある患者さんは二重の苦しみを味わうことになる. 更に病理医が良性疾患を過剰診断や誤診によって悪性と診断すれば, 不要な治療, 手術を受けることになり, また過少診断, 見逃しをすれば, 手遅れになる. どちらも患者さんに多大な肉体的, 精神的苦痛を与えてしまう. 病理診断は患者さんの苦痛と切り離せないのだが, 病理医は患者さんのそういう苦痛を直接聞いたり, 感じたり, 一緒に悩んだりする機会はほとんどない. 病理医の相手は物言わぬプレパラートであり, 亡くなった患者さんである. 私は病理医歴20年, 現在は全く患者さんを診ることはないが, 内科研修医時代に癌末期の患者さんを何人か担当させていただいた. 亡くなる直前まで苦痛を訴える患者さんを回診する辛い日々を経験した. 中には臨床医として病理解剖をお願いし, 末期のからだの中を見せていただき, 苦痛の原因を病理医に説明してもらった症例もある. 従って, 苦痛を訴えている患者さんの病理組織検査を依頼されたときは, なぜそれが起こっているかを考えるようにしている. これまでに10万件以上の生検病理組織診断, 約500例の病理解剖をさせていただいた. 生検組織診断の多くは良性疾患であったが, 解剖例の7割近くは多種多様な病状, 組織像を示す癌症例であった. それらの中には印象深い症例もあった. 癌が見つかってからあっという間に亡くなった症例, 癌の手術をした後で何度も再発を繰り返し亡くなった症例, 多臓器から次々に癌が発生し手術を繰り返した症例など, 癌の恐ろしさと患者さんの苦痛を痛感せざるを得ない例などである. 癌以外では肝硬変末期で難治性腹水に悩まされた症例, 筋萎縮性側索硬化症で自分の死を毎日感じながら生き続け, 最終的には呼吸不全で亡くなった症例, 昨日まで元気で仕事をしていたのに突然亡くなった症例, 慢性疾患でからだの中にどんどん代謝物質が蓄積して, 臓器機能障害で亡くなった症例なども経験した. そして苦しみはそれぞれの患者さんで違っていることを組織像から感じてきた. 本講演では病理解剖症例を中心に提示して, 組織像からどんな苦しみが分かるかを供覧したい. 取り上げる症例の多くは癌患者さんであるが, 前述のように中には肝硬変, 進行性難治性疾患, 突然死症例も含まれる. 癌がいろいろな臓器をむしばんでいる様子, 体中の筋肉が亡くなってしまう筋萎縮性側索硬化症の恐ろしさ, 突然に死ななければならなかった原因などを組織像を通して示したい. 患者さんのからだの中で, 今どんなことが起こっているかを知ることが, 患者さんの苦痛を理解することに繋がると考える. 提示した症例を少しでも脳裏に焼き付け, 患者さんの苦しみを和らげるために何が必要で, 何が可能なのかを考える手助けになることを期待する.
ISSN:1340-4903