生体組織試料の直接解析を目指したUV/IR同時照射MALDI質量分析

(目的)自由電子レーザー(FEL)は, マイクロバンチ化された高速電子線が真空中で規則的に蛇行する際のコヒーレント放射光を利用したレーザーで, 発振波長を連続的かつ任意に選択できるうえ, 生体分子に数多く見られる中赤外域の固有吸収波長に対応するレーザー光源として希少である. 本研究では, イオン化用レーザーとしてUVレーザーとFELを同時に照射することにより, 従来のMALDIを超える高質量域と高感度の実現を目指している. UV, FELともに単体ではMALDIにおける急速加熱条件に満たない強度に調整し, それぞれが電子励起と振動励起の役割を担い, MALDIの初段階である急速加熱を緻密に制御...

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Published in日本レーザー医学会誌 Vol. 24; no. 3; p. 118
Main Authors 内藤康秀, 石井克典, 鈴木吉橋幸子, 粟津邦男
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 日本レーザー医学会 28.09.2003
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Summary:(目的)自由電子レーザー(FEL)は, マイクロバンチ化された高速電子線が真空中で規則的に蛇行する際のコヒーレント放射光を利用したレーザーで, 発振波長を連続的かつ任意に選択できるうえ, 生体分子に数多く見られる中赤外域の固有吸収波長に対応するレーザー光源として希少である. 本研究では, イオン化用レーザーとしてUVレーザーとFELを同時に照射することにより, 従来のMALDIを超える高質量域と高感度の実現を目指している. UV, FELともに単体ではMALDIにおける急速加熱条件に満たない強度に調整し, それぞれが電子励起と振動励起の役割を担い, MALDIの初段階である急速加熱を緻密に制御する. これにより, 過剰エネルギーを極限に抑えたイオン生成条件を達成するとともに, FELの波長制御により選択的振動励起を行い, 基質選択的なイオン化を実現する. UVレーザーが作用するマトリックス結晶表面の領域のみ気化するので, 試料の急激な消耗は免れる. また, 気相における化学イオン化に寄与する電子励起した分子種や電離種も大量に発生し, イオン化効率の向上も見込まれる. (対象と方法)当施設で供用されているFELは, 平均パワーが典型値で20mW, マクロパルス幅15μs, マクロパルス周期50ms, ミクロパルス幅5ps, ミクロパルス周期45ns, ミクロパルスあたりのエネルギーは10μJ程度である. Applied Biosystems社製MALDI-TOF質量分析計(Voyager DE Pro)のイオン源にCaF2真空窓を取り付け, ZnSeレンズで集光したFELビームを導入し, サンプルプレート上でN2レーザーとスポットが重なるように入射した. スポット径は共に数百μmと見積もられる. FELとUVレーザーの同期を得るために, FELビームを光路の途中で分割し, MCT検出器(Vugo社製R005)でFELパルスを電気パルスに変換して, これをN2レーザーのトリガーソースとした. マトリックス(Sinapinic acidおよびα-cyano-4-hydroxycinnamic acid)溶液(水/アセトニトリル1:2, 0. 1%TFA)を試料水溶液と混合し, dried droplet法によりサンプルプレートにアプライした. リニアモードで100回積算し質量スペクトルを取得した. (結果)α-cyano-4-hydroxycinnamic acid(CHA)をマトリックスとして牛血清アルブミン(BSA)のUV/FEL-MALDI TOFMS測定を行った. CHAは多価プロトン付加分子を比較的生成し易いマトリックスとして知られており, UVとFELの同時照射でも6価に及ぶBSAの多価イオンが観測されたが, FEL波長により多価イオンの比率が変化した. 6. 3μmのFELを同時に照射した場合, UVのみの照射結果に比べて低価数側にシフトした分布が得られた. ヒト表皮由来ケラチンの緩衝溶液(50mMTRIS, 8MUrea)を, Sinapinic acidマトリックスでUV/FEL-MALDI TOFMS測定を試みた. UVのみの照射では, 高質量のピークは全く得られなかったが, 尿素の赤外吸収波長に一致する5. 8μmのFELを同時照射した際, 高質量領域で顕著なピークを観測した. (考察)CHAは波長6. 3μmに強い吸収を持たず, またSinapinic acidをマトリックスとしてFEL波長5. 5-7. 0μmの範囲で同様の測定を行った場合も, 6. 3μmで特異的な低価数シフトが観測されたことから, この波長効果の要因は別に存在すると考えられる. 現在, 機構解明の取組みを進めている. ケラチン試料は凝固した尿素でオーペイク状の外観を呈し, UVの吸収が妨げられていたと考えられる. 変性剤などが大量に存在する条件下で, その赤外吸収を利用したFELの同時照射は, MALDIプロセスを促進することが示唆される.
ISSN:0288-6200