アミノ酸のキラリティによる哺乳類の生理機能調節

タンパク質構成アミノ酸20種のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸は光学異性体を持つ。 D-アミノ酸とL-アミノ酸は右手と左手の関係のように、構成分子は同じであるが互いを重なり合わせることはできない。このエネルギー的に等価な二つの光学異性体のうちで、生命はL-アミノ酸を中心的に利用し、タンパク合成やエネルギー代謝など多くの生命現象で光学選択的に用いてきた。一方、D-アミノ酸はタンパク合成には活用されないものの、L-アミノ酸とは異なる場面で例外的に生命現象に利用されている。生命がD-アミノ酸を利用する二つの有名な例外が知られている。一つ目は、哺乳類の大脳で内在性酵素によって合成されるD-セリン...

Full description

Saved in:
Bibliographic Details
Published inSupplement of Association of Next Generation Scientists Seminar in The Japanese Pharmacologigal Society Vol. 2021.1; p. A-4
Main Author 笹部, 潤平
Format Journal Article
LanguageJapanese
Published 公益社団法人 日本薬理学会 2021
The Japanese Pharmacology Society
Subjects
Online AccessGet full text
ISSN2436-7567
DOI10.34597/ngpssuppl.2021.1.0_A-4

Cover

Abstract タンパク質構成アミノ酸20種のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸は光学異性体を持つ。 D-アミノ酸とL-アミノ酸は右手と左手の関係のように、構成分子は同じであるが互いを重なり合わせることはできない。このエネルギー的に等価な二つの光学異性体のうちで、生命はL-アミノ酸を中心的に利用し、タンパク合成やエネルギー代謝など多くの生命現象で光学選択的に用いてきた。一方、D-アミノ酸はタンパク合成には活用されないものの、L-アミノ酸とは異なる場面で例外的に生命現象に利用されている。生命がD-アミノ酸を利用する二つの有名な例外が知られている。一つ目は、哺乳類の大脳で内在性酵素によって合成されるD-セリンである。D-セリンは、NMDA型グルタミン酸受容体に結合し、興奮性神経伝達を調節する機能が明らかとなり、1990年代から勢力的に研究が進められてきた。二つ目の例外は、真正細菌が合成する多様なD-アミノ酸である。真正細菌は、細胞壁ペプチドグリカンの架橋剤としてD-アミノ酸を生存に不可欠な分子として利用することが1950年代頃から知られている。また、真正細菌は遊離D-アミノ酸を放出し、他の細菌に働きかけて外的環境へ順応していることが近年明らかとなり、細菌間の連絡分子としての役割が注目されている。さらに、哺乳類に共生する真正細菌はD-アミノ酸を多量に放出し、宿主-細菌相互作用において自然免疫の構築に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。このように、哺乳類体内では内因性に合成されるD-アミノ酸と、共生細菌や食事など外因性に摂取するD-アミノ酸が混在し、局所で異なる生理機能を有していることから、哺乳類は局所または全身性にD-アミノ酸を厳密に代謝・制御していることが想定されるものの、D-アミノ酸の吸収や輸送など体内動態は未解明の点も多い。本講演では、哺乳類の体内に存在する内因性・外因性D-アミノ酸それぞれに焦点をあて、哺乳類のD-アミノ酸代謝が神経・免疫機能にどのような役割を果たしているかを概説する。また、D-アミノ酸代謝異常が関連する神経疾患や免疫疾患、さらにD-アミノ酸検出の臨床的な意義について最新の知見を交えてご紹介したい。
AbstractList タンパク質構成アミノ酸20種のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸は光学異性体を持つ。 D-アミノ酸とL-アミノ酸は右手と左手の関係のように、構成分子は同じであるが互いを重なり合わせることはできない。このエネルギー的に等価な二つの光学異性体のうちで、生命はL-アミノ酸を中心的に利用し、タンパク合成やエネルギー代謝など多くの生命現象で光学選択的に用いてきた。一方、D-アミノ酸はタンパク合成には活用されないものの、L-アミノ酸とは異なる場面で例外的に生命現象に利用されている。生命がD-アミノ酸を利用する二つの有名な例外が知られている。一つ目は、哺乳類の大脳で内在性酵素によって合成されるD-セリンである。D-セリンは、NMDA型グルタミン酸受容体に結合し、興奮性神経伝達を調節する機能が明らかとなり、1990年代から勢力的に研究が進められてきた。二つ目の例外は、真正細菌が合成する多様なD-アミノ酸である。真正細菌は、細胞壁ペプチドグリカンの架橋剤としてD-アミノ酸を生存に不可欠な分子として利用することが1950年代頃から知られている。また、真正細菌は遊離D-アミノ酸を放出し、他の細菌に働きかけて外的環境へ順応していることが近年明らかとなり、細菌間の連絡分子としての役割が注目されている。さらに、哺乳類に共生する真正細菌はD-アミノ酸を多量に放出し、宿主-細菌相互作用において自然免疫の構築に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。このように、哺乳類体内では内因性に合成されるD-アミノ酸と、共生細菌や食事など外因性に摂取するD-アミノ酸が混在し、局所で異なる生理機能を有していることから、哺乳類は局所または全身性にD-アミノ酸を厳密に代謝・制御していることが想定されるものの、D-アミノ酸の吸収や輸送など体内動態は未解明の点も多い。本講演では、哺乳類の体内に存在する内因性・外因性D-アミノ酸それぞれに焦点をあて、哺乳類のD-アミノ酸代謝が神経・免疫機能にどのような役割を果たしているかを概説する。また、D-アミノ酸代謝異常が関連する神経疾患や免疫疾患、さらにD-アミノ酸検出の臨床的な意義について最新の知見を交えてご紹介したい。 タンパク質構成アミノ酸20種のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸は光学異性体を持つ。 D-アミノ酸とL-アミノ酸は右手と左手の関係のように、構成分子は同じであるが互いを重なり合わせることはできない。このエネルギー的に等価な二つの光学異性体のうちで、生命はL-アミノ酸を中心的に利用し、タンパク合成やエネルギー代謝など多くの生命現象で光学選択的に用いてきた。一方、D-アミノ酸はタンパク合成には活用されないものの、L-アミノ酸とは異なる場面で例外的に生命現象に利用されている。生命がD-アミノ酸を利用する二つの有名な例外が知られている。一つ目は、哺乳類の大脳で内在性酵素によって合成されるD-セリンである。D-セリンは、NMDA型グルタミン酸受容体に結合し、興奮性神経伝達を調節する機能が明らかとなり、1990年代から勢力的に研究が進められてきた。二つ目の例外は、真正細菌が合成する多様なD-アミノ酸である。真正細菌は、細胞壁ペプチドグリカンの架橋剤としてD-アミノ酸を生存に不可欠な分子として利用することが1950年代頃から知られている。また、真正細菌は遊離D-アミノ酸を放出し、他の細菌に働きかけて外的環境へ順応していることが近年明らかとなり、細菌間の連絡分子としての役割が注目されている。さらに、哺乳類に共生する真正細菌はD-アミノ酸を多量に放出し、宿主-細菌相互作用において自然免疫の構築に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。このように、哺乳類体内では内因性に合成されるD-アミノ酸と、共生細菌や食事など外因性に摂取するD-アミノ酸が混在し、局所で異なる生理機能を有していることから、哺乳類は局所または全身性にD-アミノ酸を厳密に代謝・制御していることが想定されるものの、D-アミノ酸の吸収や輸送など体内動態は未解明の点も多い。本講演では、哺乳類の体内に存在する内因性・外因性D-アミノ酸それぞれに焦点をあて、哺乳類のD-アミノ酸代謝が神経・免疫機能にどのような役割を果たしているかを概説する。また、D-アミノ酸代謝異常が関連する神経疾患や免疫疾患、さらにD-アミノ酸検出の臨床的な意義について最新の知見を交えてご紹介したい。
タンパク質構成アミノ酸20種のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸は光学異性体を持つ。 D-アミノ酸とL-アミノ酸は右手と左手の関係のように、構成分子は同じであるが互いを重なり合わせることはできない。このエネルギー的に等価な二つの光学異性体のうちで、生命はL-アミノ酸を中心的に利用し、タンパク合成やエネルギー代謝など多くの生命現象で光学選択的に用いてきた。一方、D-アミノ酸はタンパク合成には活用されないものの、L-アミノ酸とは異なる場面で例外的に生命現象に利用されている。生命がD-アミノ酸を利用する二つの有名な例外が知られている。一つ目は、哺乳類の大脳で内在性酵素によって合成されるD-セリンである。D-セリンは、NMDA型グルタミン酸受容体に結合し、興奮性神経伝達を調節する機能が明らかとなり、1990年代から勢力的に研究が進められてきた。二つ目の例外は、真正細菌が合成する多様なD-アミノ酸である。真正細菌は、細胞壁ペプチドグリカンの架橋剤としてD-アミノ酸を生存に不可欠な分子として利用することが1950年代頃から知られている。また、真正細菌は遊離D-アミノ酸を放出し、他の細菌に働きかけて外的環境へ順応していることが近年明らかとなり、細菌間の連絡分子としての役割が注目されている。さらに、哺乳類に共生する真正細菌はD-アミノ酸を多量に放出し、宿主-細菌相互作用において自然免疫の構築に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。このように、哺乳類体内では内因性に合成されるD-アミノ酸と、共生細菌や食事など外因性に摂取するD-アミノ酸が混在し、局所で異なる生理機能を有していることから、哺乳類は局所または全身性にD-アミノ酸を厳密に代謝・制御していることが想定されるものの、D-アミノ酸の吸収や輸送など体内動態は未解明の点も多い。本講演では、哺乳類の体内に存在する内因性・外因性D-アミノ酸それぞれに焦点をあて、哺乳類のD-アミノ酸代謝が神経・免疫機能にどのような役割を果たしているかを概説する。また、D-アミノ酸代謝異常が関連する神経疾患や免疫疾患、さらにD-アミノ酸検出の臨床的な意義について最新の知見を交えてご紹介したい。
Author 笹部, 潤平
Author_FL 笹部 潤平
Author_FL_xml – sequence: 1
  fullname: 笹部 潤平
Author_xml – sequence: 1
  fullname: 笹部, 潤平
  organization: 慶應義塾大・医
BackLink https://cir.nii.ac.jp/crid/1390571968052706688$$DView record in CiNii
BookMark eNo90LtKA0EUBuBBFIwxz2Bju3F2ZnYuZQjxggEbrYe9TdwQ12U3FnZmF4MgiKC1Qa0SUQsbFcSHGTXJW7ghmuacU3z8HP4lMB8ehj4AKyYsY2IJthY2oiQ5iqJWGUFkls0ylBWDzIECIpgazKJsEZSSJHAgodRiVJACqOn0Tmc9nV2MT19150mnjzrr62ygs65O73XnQadnOj3_vnr_ensZ397kZnjdG152f_q9UfYxGnwOn0-WwYKyW4lf-ttFsLde261uGvWdja1qpW40EUXc8FxXCa5cSrASIn_DsSlBHvIsW1GBXcQcprDncp8w4ecQO8JRkHNTcRP7AhfB6jQ3DALpBpNpYgEtZgrKoYUYpJTznG1PWTNp2w1fRnFwYMfH0o7bgdvy5awoOSlKmhL-HxVJZsrdt2PZtPEvDqeBZQ
ContentType Journal Article
Copyright 2021 本論文著者
Copyright_xml – notice: 2021 本論文著者
DBID RYH
DOI 10.34597/ngpssuppl.2021.1.0_A-4
DatabaseName CiNii Complete
DatabaseTitleList

DeliveryMethod fulltext_linktorsrc
EISSN 2436-7567
ExternalDocumentID 130008132102
article_ngpssuppl_2021_1_0_2021_1_A_4_article_char_ja
GroupedDBID JSF
RJT
RYH
ID FETCH-LOGICAL-j2628-dccf98fc643f99b04ba642d2d5af693c27b7f3dc8e479e8fc3b9bf0881f813e93
IngestDate Fri Jun 27 00:59:56 EDT 2025
Wed Sep 03 06:30:58 EDT 2025
IsDoiOpenAccess true
IsOpenAccess true
IsPeerReviewed false
IsScholarly false
Language Japanese
LinkModel OpenURL
MeetingName 次世代薬理学セミナー要旨集 2021静岡
MergedId FETCHMERGED-LOGICAL-j2628-dccf98fc643f99b04ba642d2d5af693c27b7f3dc8e479e8fc3b9bf0881f813e93
Notes 2021.1_A-4
OpenAccessLink https://www.jstage.jst.go.jp/article/ngpssuppl/2021.1/0/2021.1_A-4/_article/-char/ja
ParticipantIDs nii_cinii_1390571968052706688
jstage_primary_article_ngpssuppl_2021_1_0_2021_1_A_4_article_char_ja
PublicationCentury 2000
PublicationDate 2021
PublicationDateYYYYMMDD 2021-01-01
PublicationDate_xml – year: 2021
  text: 2021
PublicationDecade 2020
PublicationTitle Supplement of Association of Next Generation Scientists Seminar in The Japanese Pharmacologigal Society
PublicationTitleAlternate 次世代薬理学セミナー要旨集
PublicationTitle_FL 次世代薬理学セミナー要旨集
PublicationYear 2021
Publisher 公益社団法人 日本薬理学会
The Japanese Pharmacology Society
Publisher_xml – name: 公益社団法人 日本薬理学会
– name: The Japanese Pharmacology Society
SSID ssib046657694
ssj0003322145
ssib050733265
Score 1.8223133
Snippet タンパク質構成アミノ酸20種のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸は光学異性体を持つ。...
SourceID nii
jstage
SourceType Publisher
StartPage A-4
SubjectTerms immune system
metabolism
neurotransmitter
Title アミノ酸のキラリティによる哺乳類の生理機能調節
URI https://www.jstage.jst.go.jp/article/ngpssuppl/2021.1/0/2021.1_A-4/_article/-char/ja
https://cir.nii.ac.jp/crid/1390571968052706688
Volume 2021.1
hasFullText 1
inHoldings 1
isFullTextHit
isPrint
ispartofPNX 次世代薬理学セミナー要旨集, 2021, pp.A-4
link http://utb.summon.serialssolutions.com/2.0.0/link/0/eLvHCXMwnR1Na9RAdFjrxYsoKlat9OCcJGu-M3NM3CylUPHQQm8hH5Oye9gWuz3oQewGiyCIoGcX9dSKevCigvhjRt32X_jeJNmmUvHjMrx9-2ZeMm8-3kzeByHXcl14whGpxngCBxQny2HOOYYmYDPNHTs3rAx9h5duuQsr9uKqs9pqyYbV0tYwaaf3jvUr-R-pAg7kil6y_yDZaaOAABjkCyVIGMq_kjENLcpM6psKsCjvVgALacgpc2jAFMagflgTdyoan9eAX9dyaxqrrhVUGMZqADAO5RYNoJZNA04DC3n5BuVhg5dHua2eBwBdtewiR8Qw5BV0EADWgaLxu7RMtVQryirbqKgtFRqDSF1xwI5SBcwuFzzl1QkDdhPWPrTtQRt7ZUyyCLoA5ti8fvswRHdvDSOgrE9DoKgLpngzToAcBrfoNW9CzMM7kN-1d_dIY0KtqqZtuZrnlDlA6i0AW2sbjXXcL12Pft1fLNtRgYsHaxswK6Af2mXNth7FlbPS0eDd-LEQlC50lAI94aTpeQbanS7dD-tFz8ZPXw3nYwezaNYpC1CdgF8YTb60TVQPcON49qBD9eFEgaEiTgx6vYaatHyGnK7ON_N-OVjPklY_PkdCOXoli7Esnhw8_Ci338nRW1nsymJPFjty9Fpuv5GjR3L0-Puzz98-fTh4-QJoJs_Hk6c7P3bH-8WX_b2vk_cPzpOVbrh8c0Gr8ndofdM1mZalac5ZnoLSm3MOr5rEcNrNzMyJc5dbqeklXm5lKRO2xwUQWglPctj2jBy6THDrApkZrA_ERTKfxynXbZtnBhCbOk-YybLYzLibMQEq9CzplO8ebZRBWqJqUkbTvoqwryIj0mvAj-wpFbo4Rv14lsxBz0VpD0s4G8FhBnYozPrhgWrO2KU__H-ZnMLGyyu6K2RmeGdLzIHSOkyuKqH_BN_Uk4Y
linkProvider ISSN International Centre
openUrl ctx_ver=Z39.88-2004&ctx_enc=info%3Aofi%2Fenc%3AUTF-8&rfr_id=info%3Asid%2Fsummon.serialssolutions.com&rft_val_fmt=info%3Aofi%2Ffmt%3Akev%3Amtx%3Ajournal&rft.genre=article&rft.atitle=%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%8E%E9%85%B8%E3%81%AE%E3%82%AD%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%93%BA%E4%B9%B3%E9%A1%9E%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%90%86%E6%A9%9F%E8%83%BD%E8%AA%BF%E7%AF%80&rft.jtitle=Supplement+of+Association+of+Next+Generation+Scientists+Seminar+in+The+Japanese+Pharmacologigal+Society&rft.au=Sasabe+Jumpei&rft.date=2021&rft.pub=The+Japanese+Pharmacology+Society&rft.eissn=2436-7567&rft.volume=2021.1&rft.spage=A-4&rft_id=info:doi/10.34597%2Fngpssuppl.2021.1.0_a-4&rft.externalDocID=130008132102