ラビ振動分光法の開発とミュオニウム超微細構造精密測定への応用
素粒子物理学は加速器における高エネルギー衝突実験において未知の素粒子を探索・発見することで発展してきた.一方で,既知の粒子についてその物理学的性質を低エネルギーで分光学的に精密に測定することは,素粒子標準模型の高精度な検証に繋がるだけでなく,直接的に到達し得ないエネルギー領域における未知の粒子や物理現象を量子力学的な微小なエネルギーのずれとして観測し得る点で優れている.ミュオン(ミュー粒子)は電子の約200倍の質量,2.2マイクロ秒の寿命をもつ.正電荷ミュオンと電子が束縛したミュオニウムは,ちょうど水素原子の陽子をミュオンに置き換えた,エキゾチック原子の一つであり,レプトン素粒子のみから成る純...
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Published in | 日本物理学会誌 Vol. 79; no. 11; pp. 613 - 618 |
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Main Authors | , , , |
Format | Journal Article |
Language | Japanese |
Published |
一般社団法人 日本物理学会
05.11.2024
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ISSN | 0029-0181 2423-8872 |
DOI | 10.11316/butsuri.79.11_613 |
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Summary: | 素粒子物理学は加速器における高エネルギー衝突実験において未知の素粒子を探索・発見することで発展してきた.一方で,既知の粒子についてその物理学的性質を低エネルギーで分光学的に精密に測定することは,素粒子標準模型の高精度な検証に繋がるだけでなく,直接的に到達し得ないエネルギー領域における未知の粒子や物理現象を量子力学的な微小なエネルギーのずれとして観測し得る点で優れている.ミュオン(ミュー粒子)は電子の約200倍の質量,2.2マイクロ秒の寿命をもつ.正電荷ミュオンと電子が束縛したミュオニウムは,ちょうど水素原子の陽子をミュオンに置き換えた,エキゾチック原子の一つであり,レプトン素粒子のみから成る純粋な原子系として,高精度な観測に適している.原子分光においては,光やマイクロ波などの電磁波を原子に照射し,その周波数が準位間の遷移周波数に一致したときに得られる共鳴信号を観測することが一般的である.鋭い共鳴が得られることが,分光学的研究の一般的な優れた特徴である.ところが,ミュオニウムのように寿命も生成できる数も限られる原子では,短時間にハイパワーの電磁波で分光しなくてはならず,共鳴の自然幅に加えて,パワー広がりによる不確かさも大きくなってしまう.周波数を掃引する際には共振器の増幅率が変動しがちで,加速器実験において強度安定性の維持継続や調整に時間を取られるだけでなく,分光精度を大いに損なう要因となっていた.それならばいっそ,電磁波の周波数を変化させることなく共鳴周波数を測定することはできないものだろうか.準位間の遷移が起きるときには,量子状態が時間的に準位間を行ったり来たりとラビ振動する.遷移割合の振動周波数と振幅は,電磁波強度および周波数離調(電磁波の周波数と共鳴周波数との差)に対し,異なる依存性を示す.ということは,ラビ振動の時間発展を正確に調べることで,一回の測定で共鳴周波数と電磁波強度を一度に求めることが可能となるはずである.固定周波数に対する時間応答からフーリエ変換も使わず共鳴周波数を導くことができるという,コロンブスの卵の発見であった.こうして編み出した周波数掃引不要の新しい分光手法を,ラビ振動分光と命名した.茨城県東海村にある加速器施設J-PARCにおいてミュオニウムの超微細構造に対してラビ振動分光を適用した.その結果,照射する電磁場の周波数に依らず正しく同じ共鳴周波数を得ることに成功し,ゼロ磁場測定における世界最高精度を効率的に達成できた.現在,高磁場中における測定の準備を進めており,さらなる高精度でミュー粒子の磁気モーメントや質量を決定する計画である.また,ラビ振動分光は原理的にラビ振動を測定できる系であれば応用が可能で,今後,他の短寿命のエキゾチック原子や放射性核種などに対する新たな高精度分光手法として拡がりが期待される. |
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ISSN: | 0029-0181 2423-8872 |
DOI: | 10.11316/butsuri.79.11_613 |